パリスの審判


「パリスの審判」 という絵画がある。
神々の女王 ヘラ
戦いの女神 アテネ
美と愛の女神 アプロディテ
三人の女神のうち誰が一番美しいか・・・その審判を下したのは羊飼いのパリスだった。
ヘラを選べば世界の王の座が約束され、アテネを選べば戦いには必ず勝つことが保障され、アポロディテを選べば世界一美しい女が得られる。
三人の女神はそれぞれ賄賂を提示してパリスの気を引こうとした。
パリスは一介の羊飼い。権力や征服欲よりも、女の色香に釣られた。当時パリスは権力や征服欲などとは縁遠い身分であったこと、まだ若く、色香に釣られれるのが男性としてはより本能に近かったことなどを考慮すると、この審判が軽率であったとは言えないが、後のコトを思えば、選ばれなかった二人の女神の嫉妬というリスクに相当する代償を得たとは思えないものである。または、トロイ一都市の代償として、アプロディテがパリスに与えたヘレネは等価といえたかどうか・・・。


巷で話題の 映画 「トロイ」 の根底部分を支えるストーリーです。

何というか、この 「トロイ」 さほど評判は悪くないんですよね。
誰を悪役に仕立て上げるかにもよりますが、ストーリーとして最も感情移入し易いであろうヘレネとパリスが属するトロイはギリシア軍によって征服されてしまいますし、結構救いがないんですよね。
まぁ、「トロイ」 は、完全なラブロマンスに仕立て上げていながら、ブラピの肉体美を楽しみ映画らしいですが、映画を作る題材としてはこの上なく面倒なストーリーではないかと・・・。
そもそも、戦端を開くための大義名分にされたに過ぎないヘレネを取り巻く愛の戦いなど笑止千万。

そのそもこの戦争は、人間の人口増加を憂慮した大神ゼウスが、手っ取り早く口減らし実現するめに目論んだ戦争。そして戦争に至るまでの謀略ですから・・・。
ゼウスは、人間ペーレウスとテティスの結婚式に争いの神エリスを (故意に) 招待しなかった。
エリスは怒り、その式典の最中 「いちばん美しい女神へ」 と書かれたリンゴを餐宴の場に投げ込みました。
このリンゴの所有を巡って最後まで引かなかったのが前述のヘラ、アテネ、アプロディテ。この3女神がパリスに委ねた審判は、いわば三女神の威信と誇りをかけた審判であったわけです。
ゼウスは三女神に、「誰が最も美しいかトロイの羊飼いパリスに決め手もらえ」 と戦争の種をせっせと蒔きます・・・。あとはご存じの通り。パリスはアプロディテを選択肢、ヘレネを誘拐してトロイに連れ帰り・・・

そうなってしまうと、ヘレネとパリスの二人は、神々の掌の上で弄ばれた悲運の人というイメージが強く、その愛だって、アフロディテが意図的にセットアップしたものと思えば、何処に 「愛」 があるんだよ。って。
口悪く言えば、ヘレネもパリスもアプロディテにマインドコントロールされたようなもんだろ・・・と。


とまぁ、ギリシア神話を知れば知るほど感情移入できなくなるストーリーって一体・・・。


個人的には、主人公にはヘクトルを推したいですねぇ。
パリスの兄ヘクトルはトロイ軍きっての勇者でありました。
パリスの帰還に際し、預言者のパリスを討ち取るべしという声に耳を貸さずパリスの帰還と帰参を歓迎する、兄弟愛に厚いヘクトル。(王子として預言者の神託に従い、パリスを討ち国家の安寧を選ぶか、それとも兄弟愛を取るかで、壮絶な葛藤の末パリスを歓迎するぐらいがいい)
トロイ軍の総大将としてギリシア軍を苦しめる名将としてのヘクトル。敵の勇将パトロクロスを討ち取る武将をしてのヘクトル
アキレウスとの一騎打ちに際し、トロイ城内から一騎打ちを制止する父王プリアモス、母ヘカベの声がする。ヘクトルの耳にもその声は届いている。勿論、ヘクトルアキレウスが完全無敵で腱以外に弱点がないことは知っている。
しかし、アキレウスにとって自身は、彼の親友パトロクロスの仇であること、アキレウスヘクトルを一騎打ちに誘き出すために吐いた罵詈雑言から、トロイの名誉と矜持を守るために、又は自身の、武人としての矜持にかけて一騎打ちに応じるヘクトル・・・。
多面的に人間像を掘り下げるならば、ヘクトルが一番いいかなぁ・・・と。

この戦争によってトロイは滅びるし、みんな死んじゃうんだけど、救いになりそうなのは、戦役終結直前、アイネリアスがアプロディテとヘクトルの魂に導かれてトロイを脱出。後にイタリア建国の祖となる。コトぐらい。 そこに登場するヘクトルが主人公じゃなくてどうする・・・と。

最近のハリウッド映画は、ごく希な例を除けば、「愛」 を謳った瞬間安っぽくなる。なぜなら、ショービジネスとして大衆の支持を集めるために、最も簡単でわかりやすく、最も公約数的な薄っぺらい愛を描くので、その愛に面白みがない。人間味がない。
純愛や大恋愛に憧れる餓鬼を泣かせることはできても、大の大人には幼稚で子供だましだろうなぁ・・・。
ならば、トロイこそ、神々に翻弄される人間という大視野から、弄ばれる人間の愚かさ、愛憎、儚さ、惨たらしさを不毛な戦争と言うテーマの中に取り込みつつも、そこに生きる様々な人の生と死。人の尊厳と醜を対称的に描いた方がいいだろうなぁ・・・と思います。大の大人向け・・・としては
「愛」 を否定したりはしませんけどね、そこに最小公約数的な愛しかないのならば、その愛は、登場人物を没個性的に貶める作用しかもたらさないことを認識できているのだろうか?。それとも人は、そんな簡単に酔ってしまえるものなのだろうか・・・・。差し当たり、男女の恋愛映画として、最も気に入っている映画に 「カサブランカ」 を挙げる私としては、世間との温度差が激しくなるばかりでつ。
仕方ねぇ、「トロイ」 ぐらい見てやるかと思いつつ、バックグラウンドの知識集めに奔走して、トロイのあらすじやレビューを見て、且つ、昨年制作された 「トロイ ザ ウォー」 を見ただけで、もう、お腹一杯でつ。
ああ、それと、絶世の美女と言うなら、今回のヘレネ (ダイアン・クルーガー / Diane Kruger) よりも 「トロイ ザ ウォー」 のシエンナ ギロリー / Sienna Guillory の方がいい女だと思います。


付け加えるに・・・このトロイ戦争、長く神話の中の物語であると信じられていたが、ハインリッヒ・シュリーマンによりその遺跡が発掘され、歴史的史実であることが実証されている。諸説あり。*1